当院は、実動ベッド数17床の有床診療所で、現在のスタッフは、医師は私1名、助産師6名、看護師5名、検査技師1名、事務2名で、日夜がんばっております。
当院における産科診療は、1957年の先代院長による開院以来、自然分娩を基本としてきました。1994年院長交代を期に施設改修を行い、全例の母子同室が可能となり、また、母性の確立を目指してソフロロジー式分娩法を取り入れました。
そして1996年より、ユニセフの「母乳育児を成功させるための10箇条」を目標において、スタッフの意識改革を徹底するとともに、産婦様の産前からの育児教育を充実させ、特に山内先生の「3.5箇条」を重視し、母乳率の向上とそれに伴う母子関係の確立に取り組んできました。結果、2001年8月、WHO/ユニセフの「赤ちゃんにやさしい病院」の認定を受けるに至りました。熊本では初めてのことです。
1,母乳育児の方針をすべての医療従事職に文書で通告すること。
2,すべての医療従事職に、この方針を履行するために必要な知識と技術を教育すること。
3,すべての妊婦に母乳哺育の利点と実際をよく知らせること。
4,母親が分娩後30分以内に母乳哺育を開始で きるように援助すること。
5,母親に十分な授乳指導を行い、もし子供から離れることがあっても、
泌乳を維持する方法を母親に考えてやること。
6,医学的に適応がないのに、母乳以外の栄養水分を新生児に与えないこと。
7,母児同室、すなわち母と児が1日中、24時間一緒にいられるように実施すること。
8,子どもがほしがるときに、ほしがるままの授乳をすすめること。
9,母乳哺育には、ゴム乳首やおしゃぶりを与えないこと。
10,母乳育児支援団体を育成し、退院してゆく母親にこのような団体を紹介すること。
このようなWHOの活動は、発展途上国における子供の栄養不良を解消するために始まった、といってもいいのですが、「それが日本にあてはまるのか?」という疑義もあります。しかし、日本の母乳育児率は、1960年以前には80%であったものが、1970年代には何と15%にまで落ち込んでしまいました。
これはいったい何故なのでしょうか?発展途上か先進国かを問わず母乳育児は重要、いや当たり前の事であり、「日本における母乳育児の意義を考えよう」という趣旨なのです。
母乳育児とは、母乳栄養で子供の肉体を育てることではなく、人間が行う「子育て」そのものなのです。

2007年度、当院で人工乳を1回でも投与する医学的適応があったものは、わずか3.9%にすぎません!
人間も哺乳動物ですから、母乳育児はそう難しいものではありません。生理的現象を妨げないような環境を創りさえすれば、自然にできてしまうものです。
母乳育児を含め、新生児期から乳幼児期の育児についての世間の誤解は、実に根深いものがあります。従いまして、入院中の糖水や人工乳補充の適応を厳守し、母親のエモーショナルサポートを含んだ母子に対する適切な援助と、家族を巻き込んだ教育を徹底することが重要課題であると考えられます。
それには、その前の医療側の意識改革が前提となります。
出生後、赤ちゃんが新生児室に収容されてしまいますと、両親との接触が極めて少なく、泣いていてもその時にあやしてあげられません。また、時間が来れば哺乳瓶のミルクが与えられる施設もあります。
これはユニセフの言う赤ちゃんの権利の侵害、かつ、ある意味生理的から病的状態にし向けている事に他なりません。母乳を飲むこと・与えることは、権利かつ生理的現象であって、選択や希望ではないのです。
育児は本能ではなく、いくらやる気があっても学習しないとできません。それなのに、現代のお母さまたちは、生まれてこの方育児の教育を受けたことがなく、ここにも支援が必要です。ところが、支援すべき医療者が十分な教育を受けていないという現実があります。
当方の持論は「医療の原則は生理現象を妨げる要因を可及的回避してゆくこと」です。健康維持・増進の為には、社会環境の改善や、無知による健康障害を予防することが求められます。妊娠は特別な状態ですが、通常は健常な状態です。従って、健診においては順調か否かを判定するだけでなく、維持・増進が図られるべきでしょう。しかし、現在の妊婦健診や出産は肉体的健康のチェックに偏り過ぎてはいないでしょうか。
これは出産後20分の写真です。生まれてすぐにカンガルーケアをやってみますと、なんと、赤ちゃんは自力でおっぱいまではい上がってきます。出産直後から、お母様のおっぱいも出ていれば、赤ちゃんも飲む力を持っているんです。
出産されたお母さまなら、必ず母乳は出ます。私たちに任せてください。
母乳は、赤ちゃんの体だけでなく心の成長にとっても完全なる栄養です。母乳を与えることで、お母さまの心までも育っていきます。
毎月第3木曜日、出産後のお母さんと赤ちゃんを応援するために、お母様達の自主運営で育児サークルを催しています。
参加資格などはありません。当院で出産されていない方でもOK!内容はボランティアですが、結構な有名どころによる講演会・読み聞かせ・演奏会など様々です。
「ハグ」とは「抱っこ」を意味する外語からとった名称です。母乳や育児に関する悩みも、井戸端会議の感覚で子育て談義、etc・・・経験談を聞いたり愚痴をいったり、孤独な育児にならず、勇気がわいてきますよ!
昨今、育児不安と鬱が注目されていますが、行政は産後鬱が生じてからの対応に終始しているように見えます。起こらないようにすることの方が根本的で、予防と対応の両輪が必要です。母乳育児の効用は、正にここにあるといえます。
誰しも、妊娠・出産には漠然とした不安がつきまといます。第一に、赤ちゃんは正常だろうか。第二に、ちゃんと産めるだろうか。第三に、育てられるだろうか、といったものです。しかし現代女性は、必要以上に心配しておられるようです。
子育ての不安の主なる原因は「知らない」ことにあります。例えば次の、赤ちゃんを産めば避けて通ることのできない二つのこと。お答えになることができるでしょうか?

「おっぱいはどうしたらしっかり出るようになるんですか?」
「人の赤ちゃんって、どうしてあんなに泣くんでしょうね?」
三世代同居の時代は、家で生まれました。兄弟姉妹の面倒をみることで育児体験をし、学校には学びに行き、家の中で育ち、家の中で看取られていきました。しかし現代、特に「生きる」ということに関して、異常なことが一般化して正常であるかのごとくなされている時代になってしまいました。生死の体験に乏しく、成熟した個人主義ではない単にバラバラになっただけの核家族になり、世代間伝承が途切れて、コミュニケーション不全が伝承してしまっています。
一方、学校では生きることの教育は極めて少なく、最後の砦が産婦人科と小児科なのかもしれません。現代のお母様方には、ご家族をはじめ周囲の方々も含めて、妊娠、出産からその後の子育てを、より具体的に理解して頂く事が大事だと感じています。
子供に母乳を与えるということは、自然の生命摂理の中の一つで、いわゆるニーズなどではありません。赤ちゃんにはおっぱいを飲む権利があります。医療者においては、母乳で育てることができるよう、十分な知識と技術、かつ優しさをもって妊産婦さんを支援して行くのは当然のことです。自分ではおっぱいか人工乳かを選ぶことすらできない赤ちゃんに、不確かな理由による母乳不足感から、安易に人工乳という不完全な栄養剤を与えるようなことがあってはなりません。これを私たちは「おっぱいが足りないかも知れない症候群」と呼んでいます。
こうすることが心身共に健常な人間を育てる第一歩となり、人間性豊かな真に平和な社会に繋がって行くことでしょう。母乳育児とは、母乳の栄養で赤ちゃんの肉体を成長させることではなく、人間を育てる子育ての最も自然で近道の方法なのです。このことを社会に訴えかけ、草の根的に伝承しているのが日本の赤ちゃんに優しい病院かもしれません。そして、心底笑顔の母子が増え、不幸な結末に陥る家族がなくなることを願ってやみません。












